うちの学校にはDiversity Case Competitionというものがある。私は参加しなかったので詳細はわからないけれど、4人チームのうち一人はMinority(Latino, Native American, or African American)でなければいけない。これに何となく疑問を持ってしまうのは私だけだろうか。多分、ケースコンペを この動画を見た後に見つけたからかもしれない。
https://www.ted.com/talks/mellody_hobson_color_blind_or_color_brave
アメリカというかどこでもそうかもしれないけれど人種は割とタブーである。ちらっと話すと空気が壊れる。どちらかというと言ってはいけない。そういうことを言う前に
Don't take it offensive although it sounds like racism. (怒らないでよね、ちょっと差別的に聞こえるかもしれないけど違うから!)と言われてからササッと差別的なことを言われる時はあるけれども。まぁ、そこは広い心を持たなければやっていけない。ある程度の妥協は必要である。
そんな中で残念ながら自由の国アメリカの人種差別はいつまでたっても消えることがなかった。スピーチ冒頭で言っていたように、African Americanというだけで、会社のトップではない、と思われてしまうこともなくはない。だが、あえてこの不快感の中喋ることで後ろに隠してごまかすことをやめることができるのではないか、というのがMelody Hobsonの主張である。本当に差別をなくしたいのならそういうオープンな心も必要なのかもしれない。
これを見ると、ケースコンペの”マイノリティーが必要”という縛りがどうなのだろうかと思ってしまう。タイトルにもあるように、Diversity=Minoritiesという式が存在するのはその裏に人種による線引きをしているからなのではないか? 私たちアジア人だっていろんな国がある。白人だったところで同じことが言える。一人一人が複雑な人種の混ざりを経て、今ここに存在している。多様性をというのならば、そういうことを多様性といったっていいはずだ。
企業も多様性を掲げるところは多い。ただ、それを本当の意味で受け取っている企業は少ない気がする。Diversity=Minoritiesではない。Diversity=All racesということを分からないといけない気がする。
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